1.山代温泉と九谷焼

2.大樋焼

3.参考図書

山代温泉と九谷焼

2017年11月に加賀・山代温泉を訪れました。冬の味覚ズワイガニを食べたいという思いと、北大路魯山人寓居跡ならびに九谷焼窯跡を見てみたいとの思いからでした。

 

北陸新幹線開通で、金沢の街は活気がありますね。ひとまず金沢で北陸線特急に乗り換えて、30分で加賀温泉駅に到着しました。ホテルの送迎車に乗って15分ほどで宿泊先にチェックイン。

 

有名な「古総湯」を外から見学し、いざ魯山人寓居跡へ。

魯山人寓居跡「いろは草庵」は、魯山人32歳の秋~春までの半年間、看板彫刻の仕事をしていた所です。山代の旦那衆が集まる文化サロン的な場所だったようです。

 

ここで「菁華」の刻字看板を制作したところ、その見事な出来映えに初代・須田菁華から仕事場に入ることを許され、初めて絵付けを体験します。こうして菁華窯に通いながら、陶芸に魅せられていきました。陶芸家としての出発点が山代温泉なんですね。

 

https://iroha.kagashi-ss.com

「古九谷」は1640~1650年代に有田で焼成された初期色絵磁器と考えられています。再興九谷は1807年に青木木米を京都から金沢に招いて窯を開いた所から始まりました。大聖寺の豪商、四代 豊田(屋号 吉田屋)伝右衛門は1824年 九谷古窯に隣接して開窯し、1826年に山代越中谷に移窯しました。その後、吉田屋窯は宮本屋窯、九谷本窯へと受け継がれ、紆余曲折を経て昭和15年まで続いたようです。

 

現在は「九谷磁器窯跡」、昭和15年に作られた現存最古の「山代九谷焼磁器焼成窯及び窯道具類」、「旧九谷壽楽窯母屋兼工房」が九谷焼窯跡展示館として見学できます。

ちょうど紅葉の季節で、宿泊先のお庭はとても色彩豊かでした。お風呂の後は待ちに待った夕食です。器は勿論オール九谷焼、それも作家物でした。魯山人の好物でもあった橋立港産の香箱蟹、ズワイガニを頂き大満足。特にズワイガニの身とカニみそとを甲羅の上で焼いた炭火焼きはえも言われぬ絶品で、今までいただいたカニ料理のなかでは間違いなく最高の水準でした。

湯呑(山本長左 作) 

 

宿泊先の売店にも山本長左先生の作品が展示されておりました。九谷焼の染付で、口紅・胴紐・捻じりの枠・青海波・丸紋、など祥瑞の作行ですね。

 

私は「陶器のほうが熱が手に伝わりにくくて湯呑には合っている」との固定観念がありました。しかし、この湯呑に出会って、その考えが誤りであったことが分かりました。何気ない胴紐ですが、これが熱伝導を上手くブロックするのですね。

 

現代では細かい絵柄を地道に描くという作業は敬遠されるのかもしれません。かけた手間暇に報酬が見合わないのでしょうね....。私事ですが、染付は好きですし、細かい手書きで、時間をかけた出来の良い作品なら多少高価でも購入すると思います。

 

http://www.kutani-mus.jp

https://kutani.or.jp

染付草文皿 四代 須田菁華 作 14.3x3.9cm 高台7.2cm 218g

 

型押しで作成された器に呉須で絵付けされた5枚組のお皿を自家用に購入致しました。祭器風の凝った形状にハンドペインティングの味わいが加わって、和菓子用にも果物皿にも使える洒落た食器に仕上がっています。この植物は和物ではなさそうです...西域のものでしょうか...。

 

添付された説明紙には「古九谷発祥時の工法をそのまま今も守り続ける唯一の窯....この伝統を”やきもの”の良心と心得...守り続ける覚悟であります」とあります。北大路魯山人と菁華窯との関係は上述した通りです。

 

運よく須田菁華先生にお会いすることができました。優しい笑顔でご説明頂きましたが、誠実で実直そうなお人柄が推測されました。九谷焼の伝統を守る柱として今後も益々ご活躍頂きたいと思いました。

大樋焼

冬の日は短くて、大樋長左衛門窯・大樋美術館を訪れたころには薄ら暗くなっていました。金沢の街中にあって、金沢周遊バスのバス停から眼と鼻の先にあります。

 

最初に大樋美術館へ。大樋焼は、1666年加賀藩五代藩主・前田綱紀が裏千家四代・仙叟宗室を茶道奉行として金沢に招いた際、楽一入の高弟であった長左衛門を同道させて茶碗などを制作させたところから始まりました。

 

館内には初代から当代(十一代)までの色々な作品が展示されています。私の興味の中心は抹茶碗ですが、ガラス越しの見学ですから残念ですが細かいところまでは分かりません。ギャラリーへ戻って間近に見たほうが.....。

 

「大樋ギャラリー」と、茶室「年々庵」は隈研吾氏の設計による現代的な建物です。ギャラリーには高価なお茶碗から比較的リーゾナブルな茶器まで展示されています。今回は勉強と下見のつもりでしたから、お茶碗を購入する予定はありません。でも折角来たのですから...結局、加賀土産として飴釉の小皿を求めました。

 

お隣の茶室へ移動して休憩しましょう。ここは椅子席で、喫茶店のように気軽に入れる雰囲気がいいですね。レベルの高い加賀の和菓子と、幾種類かの歴代の作品から一碗を選んで、お抹茶が頂けますよ。やっぱり飴釉茶碗がいいなー。お抹茶の緑と大変よく調和しています。満足、満足。

共箱 蓋裏「年郎(朗)造 飴釉 室(花押)」 鵬雲斎宗室筆

   箱書「茶盌 大樋年郎(朗)

                        (口径11.8~12.0cm・高さ8.2~8.5cm・高台径4.6cm・重量289g)

 

大樋焼といえば飴釉が有名ですね。楽家では大樋家に飴釉の伝を譲ったので、以後楽家は飴釉を本業の茶碗には用いない旨を守っているということです。左入および旦入の制作した飴釉の水指が「楽歴代」に載っていますから、抹茶碗以外には飴釉を使ってもよいのですね。飴釉は焼成温度が赤楽と同じ950~1000度ということですから、赤楽に近い焼き物なのでしょう。ちなみに黒楽は1100度くらい必要ということです。

 

大樋焼では十代長左衛門先生が2011年に文化勲章を叙勲しています。十代は東京美術学校で日本画の加山又造画伯、草月流勅使河原宏家元と同級生で、三人は生涯交流があったということです。十代は「私の好きな茶碗は(本阿弥)光悦と空中(光甫: 光悦の孫)」と書物に書かれておりますし、”光悦風”という作品を制作しておられます。

 

上写真、大樋年朗 (十代長左衛門) 先生の飴釉茶碗は、まさに”光悦風”という印象です。薄作り・軽量で、艶々と光沢があり、彩が綺麗なのが気に入っています。よく見ると幕釉がみられ、口縁には僅かに起伏がつけられています。「年の角印」ですから血気盛んな年代に作られた作品で、エネルギーがほとばしっているように感じられます。

 

実はこのお茶碗、お茶がとても点てやすくて実用的でもありますし、お抹茶の緑がこの上なく綺麗に映るんですよー。使った時の満足度が高いのですね。総釉掛けで洗いが簡単なのも嬉しいところです。そんなこんなで、我が家では”日常使用に供する楽茶碗”として大活躍しております。

 

参考図書の「楽焼の技法」を読むと、例えば茶巾摺・茶筅摺・茶溜りに留意して制作しているなど、一碗に込められている深い思いに驚かされました。

共箱 蓋表「富士山 黒茶盌」  

   蓋裏「長左衛門造 不二山絵茶盌 今日室(花押)」 鵬雲斎宗室筆

   箱書「九代 大樋長左衛門

                          (口径12.0cm・高さ8.0cm・高台径4.8cm・重量311g)

 

九代大樋長左衛門先生の黒楽茶碗です。胴部を軽く締めているだけの素直な形状で、口縁は内に抱えていますが、ほとんど起伏がありません。見込の富士山を際立たせるための作りなのでしょうね。艶々と光沢のある黒釉薬を背景に、黄ハゲ釉で描かれた富士の裾野は見込全周の3分の2まで回っていて、実に堂々としています。

 

胴部には幕釉がたっぷり掛けられ、幕釉の釉端は蛇蝎釉となって外観に上品な陰影を与えています。高台は土見せですが、透明釉が掛けられて総釉掛けになっています。大樋焼によく見られる巴高台に削り出され、畳付けの外側も内側も深く精緻に削り込まれて、丹精込めた創作活動が推察されます。この高台をみていると、作者の温厚実直な人柄が推察されます。

 

十代大樋長左衛門先生の本に「高台は茶盌の顔とも生命ともいわれ、高台造りの工程が茶盌の良否を決定します...作者の「人」となりが現れて不思議なくらいです」とあります。この思いは九代の思いでもあるのでしょうし、茶碗作りをする人々に共通の認識なのでしょうね。色々なところで見聞きしますから...。

 

九代の作品には「黒 内富士 茶盌」というお名前の抹茶碗が何点かあるようですね。「現代の陶芸 第十巻」には、見込に富士山を描いた57歳時の作品と73歳時の作品とが掲載されておりますので、興味深く拝見いたしました。九代にとってはお気に入りのテーマなのでしょうね。このお茶碗も同じコンセプトで作られておりますから、手に入れたときは大変嬉しくなりました。73歳時の作品に近い作風ですから、このお茶碗も晩年の作と推定されます。3碗の中では、この作品の富士が最も雄大(大きい)です。

 

実際にお茶を点ててみますと、富士の裾野がお茶を大きく抱くように聳えており、私は”ありがたい”気持ちでお茶を頂戴致しました。描かれた富士のお山の大きさ、色、形によって、湧きあがる感情はずいぶん違ってくるに違いありません.....「同じテーマで作られたお茶碗だとしても、一つ一つは全く違った作品になっている」との思いに至りました。九代は勿論そのあたりの事情を熟知したうえで制作されていたことと存じます。とても勉強になりました。

参考図書

林屋晴三 編「現代の陶芸第十巻」株式会社講談社 1975年12月25日

大樋長左衛門 著:百盌百趣 株式会社主婦の友社 昭和63年4月18日 第一刷発行

十代大樋長左衛門 著:楽焼の技法 雄山閣出版株式会社 平成3年4月20日 新装版発行

大樋長左衛門 著:大樋長左衛門窯の陶芸 加賀百万石の茶陶 

                   株式会社 淡交社 平成13年3月27日 初版

十代大樋長左衛門 著:陶道無今昔 北國新聞社 平成21年11月18日 第一印発行