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千住 博のニューワールド

・ウォーターフォール in 聚光院

・高野山金剛峯寺襖絵

・「私と古美術」講演会

・参考図書

千住 博のニューワールド

ウォーターフォール in 聚光院

現代日本画家の中で、知名度からいえば千住 博 画伯はその筆頭かもしれません。画伯はウォーターフォールという看板画題をお持ちで、その製作過程をニューヨークのアトリエで撮影したテレビ番組も放映されましたね。また、弟妹も音楽家として大変ご活躍ですから、ご存知の方も多いと思います。

 

ウォーターフォールは人気があるため各種の展示会で時々お目にかかりますし、某ホテルのロビーに飾られた大作を間近に見たこともあります。小品もたくさん販売されていますが、私なら版画でいいから大きめな作品のほうがいいわ~。小さいと画材(滝)の素晴らしさが出ないような感じがして...。

 

このたび千住画伯が描かれた大徳寺聚光院の襖絵を一般公開するという記事に誘われて、早速行ってまいりました。今回は創建450年記念特別公開ということで、狩野永徳・松栄 筆 国宝方丈(本堂)障壁画46面と千住 博 筆 書院障壁画「滝」を同時に見学できる豪華な企画です。

 

最初にガイドさんに案内されて庭園「百積庭」、「湘八景図」、「花鳥図」、「琴棋書画図」、「竹虎遊猿図」、「蓮池藻魚図」を巡回しました。距離的に遠方からの鑑賞が多く、やや駆け足気味で、かつ照度が低いという条件が重なり、脳裏に焼き付くまでいかないうらみがありました。次いで、茶室「閑隠席」と「床席」も見学できました。

 

最後が千住画伯の「滝」です...........荘厳...美麗.....。左手は明るくて、深みがあって、それはそれは美しいブルーが占拠しており、一方右手には幾筋もの水流が、その姿と形を変えて静かに流れ落ちている。滝の音が聞こえてきそうな臨場感や静と動の対比を意識するような感覚はありませんでした。むしろ静寂が支配する、厳かで深遠な世界に入り込むような、そんな思いが致しました。

 

製作過程は「背景の塗られた画面を立てかけ、絵の具を上から流れ落とす」というものですが、人間の眼(少なくても私の眼)は絵の具の流れ落ちるスピードを絵を見た瞬間に感じとっているのでしょうね。ですから実際の滝を見たときのような音も動きも感じないのでしょう。ある美術評論家は滝という形を借りた抽象画であると記述しています。和紙、岩絵具、色の組み合わせ、流れ落とすという方法、その空間配置などが総合して作りだした世界であり、千住画伯のオリジナリティなのでしょうね。

 

ところで背景のブルーの色調は僧侶や茶人のお召し物との調和にも配慮している、という解説がありました。「ウォーターフォール」は単に滝を写しとっているのではなくて精神世界を表現している、というようなことを千住画伯が述べておられたような記憶があります。この1566年創建の伝統と格式を誇る聚光院において、Senju art は確かにそのことを実証していると思いました。

高野山金剛峯寺襖絵

東京オリンピックの開かれる2020年、高野山金剛峯寺の「茶の間」に千住 博 画伯の襖絵「断崖図」、「囲炉裏の間」に「瀧図」が収蔵されることになりました。私の金剛峯寺訪問記は”「仏涅槃図」をみて”に掲載いたしましたが、例えば一度訪れたことのある場所がテレビで放映されたりすると、懐かしいような、嬉しいような気分になるものですよね。その金剛峯寺とウォーターフォールとの取り合わせに興味をそそられ、横浜そごう美術館「高野山金剛峯寺襖絵完成記念 千住 博 展」に行ってまいりました。

 

見応え十分でした。この度の襖絵の他に、龍神I・II、初期から現代にいたる代表作30点ほどが展示されておりました。以前の展覧会でも同じ思いを抱いたのですが、画面構成や色彩の組み合わせなど色々な要素があるのでしょうが、千住画伯の絵は大画面のほうが人を引き付ける、魅力を発散する、と思いました。大きなビルの広間や寺社の襖などを彩る理由もそこにあるのでしょうね。

 

「瀧図」については、白い雲肌麻紙に焼群青を塗り、軟靭膠素という特殊膠素を下地として敷き、上から水を流して、その流れがあるうちに胡粉を垂らすという新しい試みをされたことがパンフレットに記載されておりました。色々な技術革新があるのですね。囲炉裏の間の設置イメージもパンフレットにありますが、とても良い雰囲気のように感じます。

 初めての鑑賞となりました「龍神I・II」のインパクトも強烈でした。ライトアップにより色彩ががらりと変わり、現代風というか、とても新鮮な感じを受けました。同じテーマであっても、伝達手段を変えることによって様々なバリエーションを作り出せるのですね....千住マジックでしょうか。

 

今回もう一つ印象に残ったのが展覧会で販売される図録です。大きく印刷されている絵が多い一方で解説はごく少なく、全体として薄くて持ち運びに難渋しないように配慮されているのですね。そして「対談 千住博x山下裕二」は大変良い企画だと思いました。千住画伯の思いが粉飾なく綴られております...「すべてを犠牲にして描きましたよ、この襖絵は。体の限界を超えるまでやって、最終的にこれが描けたことが本当にうれしかった。」...千住ファンには必読の文章ですよー。ニューヨークで生活している画伯ならでは図録だと感心致しました。

 

高野山は京都や奈良のように外国からの訪問者が非常に多いところです。お叱りを受けるかもしれませんが、実際に訪れてみた印象は”国際的な観光地”だと思いました。そうした地で千住画伯の襖絵が今後どのように観光客の目に触れていくかはとても気になります...。一級の美術品ですから、保存や警備上の問題も大きいと思います。薬師寺玄奘三蔵院伽藍の「大唐西域壁画」のように、観光客が年中鑑賞でき、300年たっても大規模な修復をしなくても良いような、そんな工夫を是非お願いしたいものですね。

「私と古美術」講演会

千住画伯の講演会「私と古美術」を聞きたくて、2024年10月12日東京美術俱楽部に行って参りました。小さな会場でしたから、スライドが良く見え、画伯の明解なメッセージがとてもよく伝わりました。1時間程の講演中立ちっぱなしで飲水もされず、決して脇にそれず本筋だけを淀みなく淡々とお話しされました。お人柄が滲み出た素晴らしい講演会でした。

 

古美術=伝統こそが自分の師であり牽引者であると前置きされ、旧石器時代の洞窟壁画、ルネサンス時代の西洋絵画、浮世絵、印象派の絵画、現代美術、中国美術、琳派、など多岐にわたる分野から画伯が学ばれたエッセンスをスライドを提示されながら分かりやすく解説されました。同じ絵を見てこんなに深く物事を考えているのかと驚きました。

 

たとえばレオナルド・ダ・ヴィンチのモナリザについては、背景は天地創造でモナリザの表情は人間の喜怒哀楽の全部を足して割ると微笑みが勝る、それを表現しているとか、尾形光琳の紅白梅図屏風は津軽藩の婚姻祝いに製作されたもので、中央の川は銀で描かれ、銀は時間とともに色が変わるので無常観を表しているなど、興味深いお話満載でした。

 

画伯は「日本の美術に身を置きつつ、類例のない革新的仕事をする、枠を広げる、それこそが伝統である」と立ち位置を説明され、見えないものを見えるようにすることが美術であるとも話されました。また「now and here、今・ここ」こそが描く対象であると幾度も繰り返し述べられました。

 

ある方が「人間の心」をきめるキイワードは「今・ここ・自分」であるというようなお話をされました。千住画伯の講演を聞いて「今・ここ」が出てきて、これに「自分」を加えると「心」になる、絵を描くということは作者の心を表現すること、と結びつきました...。

参考図書

千住 博著 千住 博の滝以外 株式会社求龍堂 2007年8月17日

千住 博著 千住 博の滝 株式会社求龍堂 2007年10月2日

千住 博著 わたしが芸術について語るなら 株式会社ポプラ社 2011年2月14日

千住 博著 日本画を描く悦び 株式会社光文社 2013年10月20日

Hiroshi Senju Studio、功刀知子 編集 公式パンフレット NHKプロモーション 2018年