染付と呼ばれる焼物は、白色胎土の器に酸化コバルトを主とする顔料で絵付けをし、長石釉というガラスのような透明釉をかけて高温で焼成した釉下彩磁器をさします。コバルト顔料の使用は、9~10世紀メソポタミアで白釉陶にコバルトで絵付けをしたものや、唐三彩の藍釉・藍彩が知られています。染付の完成は14世紀、元の時代に景徳鎮の民窯で焼かれた「青花(=青い模様)」とされています。
元(1271-1368)の青花は、近年のオークションで数十億円で落札されるものもありますね。日本にも120点ほどあり、各地の美術館で見学できます。二大コレクションはトルコのトプカピ宮殿とテヘランのアルデビル・コレクションです。トプカピ宮殿には世界最大の中国磁器コレクション(8000点)があり、元・明・清の染付が約2600点、うち30余点が元の青花だそうです。アルデビルにも元の染付が30数点あるようです。
染付はブルー単色で絵付けをしますから、ブルーの色調が生命線になることは明白ですね。もちろん白磁(陶石=石英70%+絹雲母30%, カオリンなどが原料)の質も、とても大事でしょうが...。染付の発祥地である元、次いで明・清ではコバルト顔料はイスラム圏からの輸入物(スマルト, 蘇麻離青, 蘇泥勃青, 回青)か地元のもの(土青: 石子青, 平等青, 浙青, 珠明料)を使用しました。元では蘇麻離青が使われていましたから、染付の歴史は東西交流そのものであることが分かります。日本では呉須といい、中国から輸入されていました。日本の染付は1610年代に有田周辺で初めて焼成され(初期伊万里)、ヨーロッパでは1710年にマイセンで開始されました。
陶磁器の交流は、古くは彩陶文化が陸路でイラン方面から中国に伝播したことが知られています。海路については漢の時代から文献に登場しますが、中国の大型船ジャンクで中国磁器が運搬されるようになったのは8世紀以降のようです(南海貿易)。焼物は重いので、運搬は陸路よりも海路のほうが主流だったようです。景徳鎮の磁器はジャンクやキャラック(ポルトガル)、オランダ東インド会社の船で遥々イランやトルコ、ヨーロッパに海を渡って運搬されていたのですね。17世紀以降は日本の製品もそのルートに乗って運搬され、西欧の初期の色絵磁器が柿右衛門様式をお手本にしたことはよく知られています。
数年前にイスタンブールへ出掛ける機会があり、念願であったトプカプ宮殿へも行きました。残念ながら台所である中国磁器陳列室は閉鎖中であり、前の廊下を行き来しつつ悔し涙を流したものでした。宝石のコレクションやハーレムは見たものの、大事なものを忘れたような気分でした。落胆したのでしょうね、音声案内を借りる時にパスポートを預けるのですが、返す時にパスポートを受け取らずに宿舎へ帰り、後で慌てて受け取りに行きました。お土産に買ったキュタフヤのカップは、店員がイズニックタイルのようにクリスタル入りだと宣伝していましたが陶器製のようです...。
その後まもなくして政治情勢が急に不安定になりましたから、良い時に行ってきたと思い直しております。もし余暇がとれて再び中近東へ行く機会に恵まれましたら、トルコに行くかイランに行くか迷うでしょうね...。その日を夢に見つつ、しばらくは国内の美術館巡りに専念しましょう。
斎藤菊太郎 著「陶磁体系44 古染付 祥瑞」株式会社平凡社 昭和47年7月25日初版
矢部良明 著「陶磁体系41 元の染付」株式会社平凡社 昭和49年12月20日初版
藤岡了一 著「陶磁体系42 明の染付」株式会社平凡社 昭和50年4月9日初版
三杉 隆 著「海のシルクロード」株式会社恒文社 1976年6月25日第1版
相賀徹夫 編集「染付と色絵磁」株式会社小学館 昭和55年12月20日初版
大橋康二 監「別冊太陽 染付の」株式会社平凡社 1997年11月16日初版
浦上 満 著「古美術商にまなぶ中国・朝鮮古陶磁の見かた、選びかた」
淡交社 2011年2月13日初版